高卒でブラック企業に入ってしまって、苦しい君へ。

 

 

3年前の3月、わたしは緊張と新しい始まりに期待を寄せ、スーツケースを持って家を出た。自立の始まりだと思った。孤独でもあった。けれど大きかったのは、これから一人前の“ひとりのひと”として社会に存在するという嬉しいきもちだった。

 

 


 

 

 

入社式は4月。

研修は3月の高校の卒業式の日から、泊まり込みで行われた。

 

 

その泊まり込みの研修は、朝から晩まで拘束された。

しかし一ヶ月分の給料は出さない、と言われた。

はやくも求人票に書いてあることとのギャップに違和感を覚えた。

それはおかしすぎると感じた私は、同期の子よりも人一倍強く声を上げた。

最終的にお小遣いばかりの数万円が一ヶ月分の給料として支給された。

 

 

 

研修の時点で辞めてしまう同期の子もちらほらいた。

その当時はせっかく上京してきたのに大変だなと思ったけど、今思えば大正解の決断だったと思う。

 

 

 

研修中はマンションの一部屋に同期の子達と一緒に住んだ。

大学進学の子達は春休みを楽しんでいる真っ最中だった。Twitterに楽しそうな写真を載せていたり、連絡をくれてもこっちの話とはまったく違かったりして‥。誰かが泣いちゃうこともあったしそれにつられてみんなで泣くこともあった。知り合って間もない同期だけど、今の私の仲間はここにいるみんなしかいないと思っていた。みんなそんなことを思っていたように感じる。

 

 

そうして泣いても朝はやってきて、早かった。

慣れないことしかない毎日で自分のからだは疲れていただろうけれど、それを感じないくらい体中緊張していた。覚えなきゃいけないことは毎日毎時間やってきて、学校とは180度違う時間を過ごしていた。

 

 

 

今は頑張らなきゃ。

始まったばかり。

 

 

 

きっと自分への期待があったから頑張っていた。

同期の子達はみんながんばりやさんだった。わたしの感じたことだけど、高卒で就職した子は人一倍がんばりやさんだなと思った。

そしてみんなで支え合いながら入社式も迎え、いよいよ社会人としてスタート。

しかしみんなの頑張りとは裏腹に「おかしいな」と思うことはどんどん増えていった。求人票と内容が違うのはもう当たり前になっていたし、残業代なんてなかった。時給に換算するとそれはアルバイトの時給の半分にも達していなかった。入社前は聞かされていなかった、お金が絡んだ会社との変な契約制度を結ばれたこともあった。会社は、辞めることができないように会社と私たちをどんどん結びつけていった。

 

 

 

会社への不安はもちろん増えていったが、だんだんと怒りも覚えた。

高校卒業して期待を持って頑張ろうとしている私たちを、良いように使おうとしている。

 

 

社会というものをここでしか見ていなくて、家を出てひとり立ちしてきた子達は、ここで頑張れなきゃどうするの?と自分にたいして思う。

さらに大人たちは“社会とはこういうものだ”と言葉巧みに私たちをくるめようとしてくる。「ここから抜け出さなきゃ‥」そんなきもちがぽつんと湧いてきても「私ががんばれてないだけなんだ。まず辞めるお金もない、どうするの?親や友達に見せる顔もない‥」そんなきもちになった。

 

 

 

わたしは睡眠がうまく取れなくなっていた。

朝から晩まで働いているのだから体は疲れている。でも頭がぐるぐると働いていて、目をも瞑っても眠れない。そのまま5時すぎには出社し、また働く。「つらい、逃げたい、助けて」そんなことを思うようになっていた。でもそれと同時に自分を常に責めていた。社会人として立派に働いて、親孝行もして、生活を充実させたい。でも、どうしても、つらかった。

 

 

 

タイムリミットはすぐにやってきた。

それは、わたしが社会人として働けた期限。

いつものことながら中々寝付けず、やっと眠れても眠りは浅い。

4時頃、目が覚めた。息ができない。

くるしい。こわい。どうしたらいいのかわからない。

何が起こったのかわからないけど、突然呼吸が詰まった。

もう無理だ」

このとき、わたしは自分にストップをかけた。体も震えていた。とにかく精神面は元気じゃなくなっていた。

自分を責め続けた。毎日泣いていたけど、ここまできても判断できなかった。

 

 

幸いなことに、相談できる大人がひとりと、すべてを話せるわけじゃないけど連絡をとれる友達がいた。その人たちは「辞めていい」と声をかけてくれていたけど、変な契約を結ばれていたこともあり、辞めるのもこわかった。どうしたら良いかわからなかった。ただ逃げたいしもうがんばれないし助けて欲しかった。

 

 

 

わたしは病院に行き、診断書を出され休養を取ることになった。

でも毎日不安だった。ひとり、信頼できる大人がいたのが本当にありがたかった。こうしてギブアップになる前、わたしはその人に助けられながら労働基準監督署に行ったこともあった。残業代も毎日自分で記入していた。何も変わらなかった。そしてそのひとが「もう行くの辞めなさい」と声をかけてくれなかったら、わたしは決断できなかったと思う。

 

 

 


 

 

 

真面目に耐える、なんてしなくていいよ。

 

あなたは正しい。逃げるんだ。

 

 

 

 

高校を卒業していきなり社会に出て、ある組織に入ると、そこから抜け出すのはすごく勇気がいるかもしれない。

でもあなたは正しい。「おかしい」と感じたらまずは誰かに話してみませんか。

「辞めな」「逃げな」と言われてもそれが難しかったり、辞めることが大変だったりする場合もすごく多いと思う。

実際に、わたしも高校の先生や弁護士さんに助けてもらいながら辞めた。

しばらくはこわかった。いつまでもいつまでも会社のことが頭から離れなかった。これでいいのかもわからなかった。ひたすらに自分を責めることしかできない時期だった。

 

 

だけど今は、あのとき辞めて、逃げて、本当によかったと思っている。

あのまま続けていたら、あのときそばにいてくれる人がいなかったら、今のわたしはいなかったと心の底から思う。

 

 

 

 

今は本当に本当に絶望的かもしれない。

でも、世界はそこだけじゃないよ。

あなたの価値はそこで決められるものじゃない。

あなたは存在している、これからなんにでもなれる。

だから今はただちょっと休んで、また自分を取り戻して。

 

 

絶対にまた、新しい一歩を踏み出せるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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